「こうして歯は失われる~②歯の破折」

※2016年9月29日に開かれた函館歯科医師会主催「お口と体の健幸講座」での川瀬デンタルクリニック 川瀬 敬 院長の講演要旨。

函館歯科医師会での川瀬院長の講演

歯を破折することでも歯を失う事はあります。 外傷により前歯の先端が欠けてしまった状態でも、レジンという材料で修復し抜歯をせずに保存することができる場合もあります。また、歯根の方まで破折が起こっていない時は、土台を立ててさし歯として歯を抜かずに治療することができます。

歯茎の中の根が割れてしまう、歯根破折が起こると、細菌が割れ目から歯や歯茎、骨の中に入り込み、歯の痛みや歯茎の脹れを起こします。特に割れ始めの時は、レントゲンでも分かりにくく、進行して初めて破折と分かり、保存が困難になってしまうことも少なくありません。

垂直な歯根破折に対して、抜歯をせずに保存的な治療はできるでしょうか。歯根破折した歯に対して、口腔内で生体親和性の高い接着剤で直接、接着する方法がありますが、破折のレベルが大きい場合は、この方法では不十分です。 一度抜いた状態で、外で歯を接着して、口腔内に戻す、再植する方法もあります。治療技術や接着剤の進歩で、成績は向上傾向にありますが、1年生存率では90パーセント、3年で6パーセント、5年経過で50パーセント以下になっていると報告されています。

外傷による歯根破折

転んだ、ぶつけたなどの外傷は上の前歯に多く、強い力が前歯にかかることによって、様々な種類の外傷があります。
歯の破折では、歯冠部の破折。歯が長く出てしまった挺出性の脱臼。逆に歯がめりこんでしまった埋入という状態。歯が内側に倒れてしまった側方性の脱臼、完全に歯が抜けてしまった完全脱臼、脱落といわれるものがあります。

歯が外傷で完全に抜けてしまったら、歯の保存液や牛乳に保存して、できるだけ早く歯科医に来院して頂ければ、歯根膜という組織が、より長く生きて再び戻すことができる可能性が期待できます。

神経を取ると歯はもろくなる

虫歯が神経まで進行し、痛みが強くなってしまった場合など、やむを得ず神経を抜かなければならない場合もあります。

歯の神経の空洞には、神経以外に血液も流れています。この血液から、歯の中に水分が運ばれています。神経がなくなった歯は、水分がなくなり、もろくなっていくといわれます。特に奥歯には、噛むときに60キログラム程度の力が加わるといわれます。力強く、長く加われば加わるほど、歯が受けるダメージは大きくなり、割れるリスクも高くなります。

金属の土台は歯を割れやすくする

歯にさし歯を被せるときには、まず土台をつくります。よく保険診療で使われるのは金属の土台ですが、平成28年からファイバーポストという白い土台が保険適用になりました。
金属の土台はよく使われますが、周りの歯の組織が薄いなど、条件が悪くなると金属の先端部に押力が集中し、歯が割れやすくなることがあります。

金属の土台ではなく、ファイバーポストはFRC、ガラス繊維強化樹脂に支柱を入れることで、レジンの土台の強度を改善する目的で開発されました。

ファイバーポストを入れることで歯根破折の予防になるでしょうか。ファイバーポストは歯の象牙質に近い性質で、さらに象牙質接着性レジンを利用することで、しなることで金属よりは破折から守る効果があるといわれています。

ブリッジの土台は歯を割れやすくする

歯がブリッジの土台になっていると、歯にかかる負担が大きくなり、歯が割れやすくなります。特に奥歯のブリッジや長いブリッジは、1本の歯にかかる負担が何倍にもなり、負担過重のために歯が割れることがあります。

予防法として、このような欠損にインプラント、人工歯根を入れて負担を軽減させることは、多少の予防効果になると思います。

歯ぎしりや食いしばりが強いと歯は割れやすい

歯ぎしりや食いしばりは、無意識の行動のため、歯に強い力が持続的にかかります。そのため神経がある歯でも、割れてしまうこともあります。
歯ぎしりは、歯が割れるだけでなく、歯が削れる、歯周病、愕関節症などに多くの負担を与えます。

歯ぎしりや食いしばりなど、お口やその周辺の器官にみられる習慣的なクセを歯科の専門用語で、ブラキシズムと総称しています。ブラキシズムのクセによる特徴をいくつか説明します。

歯ぎしりタイプ

歯ぎしりタイプで、ブラキシズムの中でグライディングといわれているのは、歯の全体を横にギリギリとこすり合わせるタイプです。その運動範囲は広く、そのために全体が擦り減っていきます。 長い年月、強い力で歯ぎしりをすればするほど、減り方はどんどん進行し、歯の長さは短くなってしまいます。

こういう方は、歯の付け根の部分に窪みができていることが多くみられます。これはくさび状欠損、アブフラクションといわれていて、その部分は冷たいものが沁みやすくなり、知覚過敏の症状になることがあります。さらに強いブラッシングで圧が加われば、擦り減りがより進行します。

嚙みしめ型

次にクレンチングタイプ、嚙みしめ型です。特徴は無意識のうちに噛みしめていることで、日中夜間に関わらずに起きます。噛みしめているだけでは音は鳴りませんが、僅かに横に動かすこともあり、その場合は音が鳴ります。 嚙みしめをする人によくみられますが、奥歯の高さが短くなっている特徴があります。また、噛みしめをよくする方の多くは、様々な骨隆起と呼ばれる骨の盛り上がりがみられる特徴があります。

下あごのべろ側の隆起、上あごの口蓋隆起、ほかに上下を噛みしめているのが、頬の内側に圧痕が出来た筋が認められたり、下に歯型の圧痕も認められる特徴もあります。

ブラキシズムの対応策

ブラキシズムの対応策としては、ひとつはマウスピースの使用です。夜間就寝時、様々なブラキシズムによる擦り減りを、歯を支えている歯周組織へのダメージを防止するためにマウスピースを装着して寝て頂くことは、有効な予防対策です。これをナイトガードとも呼びます。

意識を変えることも必要です。昔は口元を引き締め、奥歯でしっかり噛みしめる。あるいは固いものは、強く何回も噛んだほうがいい、歯が丈夫になるといわれていたこたともありましたが、そのような固定観念がある人は注意が必要です。必要以上に強い力を出すことがクセになっているかもしれません。

逆に日中は唇を閉じて、上下の歯を合わせない。本来、口の周囲の筋肉がリラックスした状態では、上下の歯は接触せず、僅かに隙間があいていることが普通です。この状態を安静位といいます。 パソコンなどの作業をしている時に歯を離してリラックスするとか、歯を噛みしめていることに気づく工夫をすることは非常に予防対策になると思います。 食事での注意として、ブラキシズムのある人は、柔らかいものでも強く噛んでしまったり、食事時間が短い、飲み込むのが早いという傾向があるといわれます。寝そべって食べることも、あごに負担をかけます。 また、極端に固いものが好きな人は、特に注意が必要です。梅干しのタネを噛み砕く、スルメ、ビーフジャーキーなどを頻繁に食べることは危険です。噛む回数を増やして丁寧に噛む。なるべく左右均等に噛むように心掛けるとよいでしょう。

日常習慣の見直し

ブラキシズムと直接の関係はありませんが、日常習慣的に行っている動作や行動が、歯やあごに負担をかけていることがあります。 例えばデスクワークで、電話の受話器を首に挟んで長時間話す。寝ながらあごを下に本を読むなどは、外からの力が歯や歯列に力が加わり、噛みあわせや歯の移動の変化等にもつながります。 また、趣味でバイオリンを長時間演奏することも、あごや愕関節に負担をかけます。また、スポーツをする時は、歯を食いしばることが多く、アスリートの中には歯が擦り減っている選手も少なくありません。近年はスポーツマウスガードを装着する選手も多く見かけるようになりました。

大切な噛む力のコントロール

咬合力とは咀嚼筋の収縮により、上下の歯に加わる力を指します。その最も大きい力を最大咬合力といいます。成人男性の場合、前歯で15キログラム。犬歯で25キログラム。小臼歯で40から50キログラム。大臼歯で60から70キログラム程度とされ、後方の方が咬合力は大きくなります。 咬合力を測る方法として、簡易的なオクルーザルフォースメーター、高価なものになりますが、デンタルブレス系オクルーザルシステムは咬合力のほか、咬合接触状態、咬合圧のバランスを解析することができます。

私たち歯科医は、よく噛める口腔を作りあげたり、維持したりする一方で、噛み過ぎによって起こる様々なリスクも意識しなければなりません。 たとえそれが微小な力であっても、持続的に作用すると想定外の破壊力につながることもあります。噛む力をコントロールすることは、とても大切です。

ご自身の口の中にもっと関心を

歯を失う原因の歯周病と歯の破折について話してきましたが、歯周病を進行させるのは細菌です。クリーニング等による細菌のコントロールと破折、歯が割れる等の力のコントロールが、しっかり両立できた時に歯を失うリスクを最小限に減らすことが出来ます。 そのためにはご自身の口の中にもっと関心を持ってもらう事が大切です。歯磨きをして血が出る、口臭、歯茎の脹れなどはないでしょうか。 歯科医院に行って、自分のお口の中の状態を診察してもらいましょう。むし歯や他に治療の必要はないか、歯周病は進行していないか検診してもらうことが大切です。

歯医者は痛い、怖いなど来院するのに抵抗がある方も少なくないと思いますが、歯科医院の仕事は、歯を削る、歯を抜くだけではありません。 痛くなってから来院するのではなく、自覚症状がなくても、予防的に通院する習慣を付けて、定期健診を受けていただくと、私たち歯科医や歯科衛生士が、歯を失うリスクを減らすことが出来ると考えられています。 ご自身に合ったメンテナンスを歯医者さんに行って判断していただき、通い続けていくことも大切になってくると思います。

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