第35回市民健康教室特集 講演「知ってますか?ロコモティブシンドローム」

ゆのかわ温泉整形外科 院長 毛糠優子 先生[講演要旨]

■毛糠優子先生

 運動器というのは、身体を支える骨や手足を曲げる関節、関節を動かすための筋肉や神経から成り立っており、整形外科で診療している臓器のこと。ロコモティブシンドロームは、特定の疾患ではなく、この運動器の障害により移動能力が低下した状態で、進行すると要介護状態や寝たきりになる危険性が高いといわれていると説明した後、毛糠先生は「今日は、このロコモティブシンドロームという言葉と運動器という言葉を覚えて帰ってもらいたいと思います」と参会者に話した。

 日本の高齢化率は25.8%。約4人に1人が高齢者という超高齢化社会。函館市の高齢化率は32.1%で、3人に1人が高齢者という状態で、長寿は夢だったのが、自立して生活していけるのか、社会保障制度が不安と、年を重ねることに不安な気持ちが大きくなっているのではないか。その一因は、健康寿命と平均寿命がイコールではないということと話す毛糠先生は、「2016年の健康寿命と平均寿命との差は約10年あり、人生の最後の10年間は、寝たきりであったり、介護の手を借りたり、自立して暮らせない方が多いということになります」と指摘した。

ロコモ誕生の背景とその要因

 どのような病気で、介護を受けるようになったのかという調査では、骨折や転倒、関節疾患という運動器疾患で介護を受けるようになった人が25%もおり、要介護度別に介護が必要になった原因の上位3位をみると、要支援2の人の第一の原因は骨折・転倒。第二位の原因は関節疾患で、比較的介護度の低い人で、運動器疾患が原因になっている。

 「要支援になる前に、また要支援の方が要介護に移行する前に運動器の健康を意識することが大切となり、日本整形外科学会は、ロコモティブシンドロームという言葉を新しく作り、みなさんに広めようとしているところです」とロコモティブシンドローム(以下ロコモ)誕生の背景を話した。

 また毛糠先生は、ロコモの要因について、ひとつは加齢であり、もう一つは筋力が低下するような遺伝的素因である。この二つの因子は変えることができないが、変えることが出来るのは、運動習慣がない、不適切な栄養摂取、活動性の低い生活習慣。これらが重なって運動器の脆弱化が起こる。下肢の筋力やバランス能力の低下が、運動器疾患につながることになっていくことがあると説明した。
 
ロコモを起こす病気

 ロコモを起こす病気は大きく分けて三つ。ひとつは骨粗鬆症。二つめが関節や軟骨や椎間板が痛んで起こる変形性膝関節症や変形性腰椎症。三つめが加齢に伴う筋肉減少症であるサルコペニア、あるいは神経障害と説明する毛糠先生は、「これらの病気は一人にひとつではなくて、一人の人がひとつ、あるいは二つ以上抱えているところが問題で、個々の病気だけをみていたのでは患者さんの歩き方を掴めない。すべてをまとめて移動機能全体に目をつけています」と整形外科医としての考え方を補足。

 2009年の調査では、各運動疾患の推定患者数は、変形性関節症が2530万人で女性の方が多いが、3790万人にいる変形性腰椎症は、男女差があまりなく、骨粗鬆症は明らかに女性の方が多い疾患。これらの病気をどれかひとつ以上持っている人は、今後ロコモになりうるような可能性があり、その数は4700万人と推定される。
 ロコモは自分では気づきにくく、知らないうちに進んでいるが、簡単なチェックの仕方があると毛糠先生は、片脚立ちで靴下がはけない。階段を上るのに手すりが必要。横断歩道を青信号で渡りきれないなどのロコモチェックについて説明した。

 また、15分くらい続けて歩けないという症状があれば間欠性跛行(かんけつせいはこう)が考えられ、腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)あるいは下肢の動脈硬化でみられる症状であり、早めに医療機関を受診することをお薦めしますと話し、さらにロコチェックの数が多ければ重症というわけではないが、気にかかる部分がある時は、一度整形外科でご相談された方がいいかと思いますとアドバイスした。
 
ロコモ度テスト

 毛糠先生は、さらに具体的にロコモをチェックする方法では、立ち上がりテスト、2ステップテスト、ロコモ25というロコモ度テストがあると話し、立ちあがりテストは、片脚で自分の体重を持ちあげることが出来るかというテスト。40センチの高さ台に腰かけ、手を胸の前に組み片脚で立ち上がる。これが出来れば年齢相応の筋力があり問題はないが、さらに20センチくらい高さの台から両足で立つことを試して、それも出来なければ、下肢筋力の低下が起こっているので、かかりつけの先生に相談するか筋トレをする対策を取ったほうがいいとも話した。

 2ステップテストは、スタートラインに立って、大股で2歩歩き距離を計り、その距離を身長で計った値を2ステップ値として、歩幅や歩くスピードの目安とする。この2ステップ値が1であれば、自分の身長分の長さを歩くのに2歩以上かかっているということ。65歳以上では2ステップ値が1.4以上あれば、年齢相応の歩幅を維持していて移動能力も問題はないと話す毛糠先生は、「逆に2ステップ値が1以下の場合は、歩行がかなり不安定になっている可能性があり、状況によっては杖などを使われることを考えてもいいと思います」としながら、2ステップ値が上がれば、歩幅が延び歩くスピードが早くなる。早く歩けるのは、その人の歩く能力が保たれているという分かりやすい物差しになるものとして、「いつもよりちょっと歩幅を大きくして歩くことを意識してみられたらいいと思います」と付け加えた。

 ロコモ25はロコモを早期に発見するためのチェックシートで、痛みやいろいろな動作、家事や社会活動に参加出来るか、何か不安を持っているかなど25個の質問があり、問題がなければ零点。凄く困っている時は4点とチェックを入れ、一番重症な人は合計すると100点。16点以上はロコモの可能性があると判定される。

ロコモの予防と対策法

 では、ロコモにならないように、またロコモの人が、そこから抜け出すためには、どのようなことをしたらよいのかについて、毛糠先生は、「まずは運動習慣をつけること、これは下肢の筋力とバランスを鍛えることが大切です。それから適切な栄養摂取。最近急に体重が減る高齢者の方がいます。筋力が落ちて来ているということだと思いますが、筋肉をつけるために動物性たんぱく質、お魚や肉をきちんと食べることが大事。活動的な生活を送る。それに運動器疾患の評価と治療」と具体的な対策を説明。

 厚労省の活動指針アクティブガイド2013の中にプラステンというキャッチフレーズがあり、これは今より10分多く身体を動かそうということ。自転車や徒歩で通勤する。エレベーターやエスカレーターではなく、階段を使う。きびきびと掃除や洗濯をする、テレビを見ながらトレーニングするなど、今より10分身体を動かして、活動的な生活を送られるようにして欲しいと要望した。

 さらに変形性関節症や腰椎症になってロコモを引き起こすと足の機能が悪くなるので、転びやすくなる。骨粗鬆症なら、折れやすくなる。骨折すると、さらに転びやすくなるという悪循環を断つためには、運動器疾患の予防と治療が非常に重要と強調した。

ロコモトレーニングのやり方
 
 毛糠先生は最後に人間が移動する生活というのは、立ちあがって座ることの繰り返し。そのために使うお尻や太ももの筋肉を鍛えるための運動には、片脚立ちとスクワットがあるとロコトレ(ロコモティブシンドロームのトレーニング)について説明。

 躓きそうになると体勢を立て直すが、そのためには視覚でまわりを確認する。平衡感覚、脳の働きなどのネットワークをたくさん使い躓かないように態勢を立て直している。片脚立ちの訓練は、そういうネットワークを鍛えることができると話す毛糠先生は、転倒しないように掴まるもののある場所で、少しでいいので足を床からあげて1分。1分経ったら、また反対の片脚で1分と1日3回を習慣にして欲しいと話し、1分の目安は、童謡の『森のくまさん』を3番まで歌うと大体1分になると片脚立ちのやり方を補足。

 スクワットのやり方は、肩幅くらいに足を開き、つま先を少し外側に向けて、イスに座るような気持ちで腰を落とす。この時、膝が出ないようにして5、6回深呼吸する。これも1日3回くらい。立ってできない人は座った状態から、腰を少しあげてやるくらいの運動でも効き目があると話した。

 「ロコトレは足や腰の筋肉に負荷をかける運動なので、痛みや日常生活に支障があったり、体力の不安がある場合は、かかりつけの先生に相談してから始めること。無理せず自分のペースで、痛みが出たら、少し休む。休んでも痛みがとれない時は、また医師に相談という形で続けて戴ければいいと思います」と毛糠先生は話し、「こんな簡単なことでも、ロコトレ前とロコトレの3ヵ月後では、片足立ちの時間が60秒から80秒に増えた。2ステップ値が1.48くらいだったのが、1.52に増えたという調査結果もあります。歩く機能は改善することが出来るので、ぜひ継続して」と、その効果を説明。

 「最近、学童期の子供の運動不足や運動機能の低下がいわれています。これまでのお話は高齢者の方が中心でしたが、お孫さんがいれば、一緒に運動して、将来的に適切な運動習慣をもってもらうことが大切だと思います」と補足した。

 日本整形外科学会では高齢者の運動器の問題を社会全体のチャレンジだと位置づけ、ロコモチャレンジ協議会を組織。同協議会のホームページで、勉強、復習して欲しいと要望した毛糠先生は、「ロコモと運動器という言葉、この2つをお家に持って帰って、日々の生活の中で、今より10分多く体を動かして、いただければと思います」と講演を結んだ。

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