第35回市民健康教室特集 講演「ほっとくと怖い骨粗鬆症」

函館中央病院 診療部長兼整形外科科長兼治験センター長 大羽文博 先生[講演要旨]

■大羽文博先生

   大羽先生は、骨粗鬆症は骨折のリスクを増大させて、生活の水準を低下させ、死亡率を高めてしまうと前置きした上で、「骨粗鬆症の治療の目的は、骨を増やすことではありません。骨折を予防することです」と話す。骨粗鬆症については「骨は骨芽細胞により新しい骨が常に作られ、破骨細胞により常に古い骨は吸収されており、大人1人分の骨は2年半ですっかり入れ替わるくらいの新陳代謝をしているといわれています。しかしこのバランスが崩れて、一生懸命骨をつくっても、骨を吸収する細胞が吸収過ぎて差し引きで段々減るというのが骨粗鬆症です」と説明する。

 丈夫な骨について“量”と“質”ふたつの定義があると話し、骨の強さは骨の量が70%、骨の質が30%関与しているといわれているとして、高層ビルを例えに、「コンクリートの量が骨の量。中に入っている鉄筋が骨の質。骨の質の代表格は、実はコラーゲンで、コラーゲンをきちんと繋いでくれる架橋があり、健康な人は善玉架橋、いい架橋がありますが、年を取ってくると悪玉架橋、錆びついた架橋に変わり、強度が落ちてくる。骨の量が多くても、中に入っている錆びついた鉄筋が悪さをすると、骨がもろくなります」と、量と質の両方が大切と強調した。

 日本には骨粗鬆症の患者は1300万人ほどと推定されているが、病院で治療を受けているのは、その内200万人ほどで、実際に治療を受けているのは、ごく一部とのこと。大羽先生は、「自分は骨折したことがないから、骨が丈夫なんだという根拠のない自信は、今日を限りに捨てていただきたい」と呼びかけた。

 骨折の場合、入院し手術を受けるなどの治療をして退院となるケースが多いが、退院後も自宅に戻れず介護を受ける人もいる。そういう人たちも全て含めた骨粗鬆症関係の治療費は1兆5000億円。全国民の医療費約6パーセントが使われているという。医療費という観点から見ても恐ろしい病気であると補足した。

骨粗鬆症は静かなる殺し屋

   骨粗鬆症は圧倒的に女性が多く、50代では10人に1人。70代以上は2人に1人は骨粗鬆症というデータがでているが、大羽先生は、「男性は大丈夫かというと、実は大丈夫ではない。男性も更年期が70歳からあるので70歳以上の方は、ぜひ一度骨密度を測ることをお薦めします」と、高齢の男性も骨粗鬆症の可能性があることを説明。

 骨粗鬆症で骨がもろくなると骨折の危険性が高まり、ちょっと転んだだけで手首を骨折したり、布団の上げ下げで背骨を骨折、さらには転んで股関節を骨折することもあるという。大羽先生は、「股関節を骨折してしまうと、起き上がることも出来ないので、肺炎や尿路感染を起こしたりして、昔は高齢者の命取りの骨折という異名までありました。現在、医療先進国では必ず手術をしています」と話す。実際に函館市内でも1000人くらいの人が、毎年この骨折を受傷し手術を行っており、決して珍しいものではないことを強調した。

 また、背骨に骨折が1箇所もない人が骨折する確率は3.6%だが、骨折が1箇所あると11.5%で約3倍に、さらに2箇所以上あると24%で約8倍に跳ね上がり、骨折が増えるほど死亡率も右肩上がりで増加するというデータを紹介。

 現在はどこの病院でも骨粗鬆症の治療を行っているが、太股の骨折が70歳を契機に増加するという状況は2004年のデータと今のデータでも、ほとんど変わりがない。また、手術後の死亡率は右肩上がりで、約1年間で10%から30%が死亡してしまう。これは心筋梗塞や脳卒中を起こした患者の1年間の死亡率とほぼ同等と説明した後、「みなさん心筋梗塞を起こすと、大体真面目に病院に通ってお薬も飲みます。脳卒中もきちんと脳神経外科の先生に通ってお薬ももらっています。それらの病気と同じくらい骨粗鬆症は継続した治療が大事な病気。骨粗鬆症は、静かなる殺し屋、サイレントキラーなんです。知らないうちに寿命を奪っていく病気だと思ってください」と強調した。

目指すのは骨密度80%

   大羽先生は、「骨粗鬆症はその治療も大事ですが、生活習慣病もきちんと直さなければならないと最近言われてきています」と話した上で、骨粗鬆症が生活習慣病と非常に密接しており、いろいろな生活習慣病のストレスにより骨がもろくなるということも分かってきたと説明。

 女性の場合、骨が一番丈夫な30代前半の骨密度の平均を100%として、80%以上をキープ出来ていれば正常、70%を切っていれば骨粗鬆症、80%から70%の間は骨量減少症という骨粗鬆症の予備軍であると説明し、さらに「2012年にガイドラインが示され、背骨の骨折や太股の骨折の既往症がある人、骨折がしたことがある人は、骨密度を測らなくても、あなたは骨粗鬆症ですと診断して構わないことになりました。ご親戚に昔、背骨や太股を骨折したという人がいたら、一度病院にかかるように進言してみては」とアドバイスした。

骨粗鬆症治療の3本柱は栄養・運動・薬剤

 「個人的には、骨粗鬆症の治療は栄養、運動、薬剤が3本柱と思っています」と話す大羽先生。栄養面では、カルシウムの摂取が重要だが、医療先進国の中でのカルシウムの摂取量は日本が最下位で、実際に摂取されている量は必要な量の70%とのこと。しかし、カルシウムはただ摂取するだけでなく、体の中に吸収するためにはビタミンDが必要と補足。ビタミンDは、食事からも摂れるが、ビタミンDが多く含まれるウナギやイクラは毎日食べられないし、摂ったとしても1日に必要な量の20%が限度。残り80%は日光浴してお日様の紫外線により肌でつくると話した後――

 「では、どれくらい日光浴したらいいでしょうか」と、ビタミンDを生成するのに1日に必要な紫外線の量、日照時間についての国立研究所のデータをあげ、「札幌と沖縄の那覇市で7月と12月に1日に必要なビタミンをつくるためには、どれくらいの時間、日光浴すればいいかというと、7月の那覇市だと5.3分。札幌だと13分浴びれば十分。12月は那覇市では17分の日光浴でいい。ところが札幌は2741分。約48時間です。1日24時間しかないのに48時間の日光浴は無理です。つまり、北海道にいるだけで冬場はビタミンD不足になるということです」と話した上で、カルシウム摂取の観点からビタミンDは骨粗鬆症の治療をする時には絶対必要なお薬と付け加えた。

ウォーキングとジャンプの効果

 函館中央病院の骨を移植した後のデータでは、12週間で落ちた骨の密度を元のレベルに戻すには、6倍の期間がかかる。骨はもろくするのは簡単だが、丈夫にするには非常に難しく時間がかかるということを説明した後、運動については、「ウォーキングするだけで腰の骨の密度は1.3%、股関節の骨の密度は0.9%、つまり約1%増えますとおっしゃっている先生がいます。たった1%と思うかも知れませんが、骨粗鬆症ではお薬を投与して年間2%骨が増えれば、そのお薬は骨粗鬆症の治療薬として効いていることになっていますから、お薬の効果の約半分は歩くだけで得られてしまうということになります」とウォーキングの効果を解説。

 また、ジャンプによる効果もあげ、「ジャンプの運動は1日10回で十分です。ジャンプは非常に簡単で、階段を上り下りする時に最後の1段だけとばして着地しても構いません。朝、玄関でポンと両足で着地しても構わない。それを1日のうち、どこかで10回やればいいので、運動の嫌いな人でもこれは出来ると思います。着地した時の衝撃が骨を増やす、ということを調べた先生もいます」と話し、「運動することは骨を丈夫にするというデータが色々と解析されて出されていますので、運動はどうしても必要だという認識をもってもらうことが必要」と運動の効果を強調した。

骨粗鬆症の治療薬と診断法

 「薬は大きく分けて3つあります。骨を丈夫にするのに足りない栄養を補うお薬、骨が吸収されてなくなるのを防ぐお薬、そして5年くらい前から、ようやく骨をつくるお薬というのが出てきています」と、骨粗鬆症の治療薬について説明。また、診断方法や精度についても進歩していることを説明した。

 しかし、診断や薬など進歩しているものの、日本だけが骨粗鬆症患者の数が、5年前と比べて、あまり減っていない。「その理由は恐らく服薬の遵守率・継続率が非常に悪いため」と大羽先生は話す。

 骨粗鬆症は、痛くも痒くもなく、症状が出るのは骨折した時。心筋梗塞やがんのように命を取られるという思いがないので、1年間に50%くらいの患者が治療を受けることを止めてしまうが、これは日本くらいのことだとか。「患者さんは骨折するともう二度と痛い思いをしたくないと、骨粗鬆症の治療を一生懸命行うのですが、実際に必要なのは、骨折する前の段階。ただ、残念なことに病院に来るのは、骨折してからの患者さんが多い。骨折する前に、ご自分が骨粗鬆症なのかどうかを検査してもらうということが大事」と強調した。

 今後の骨粗鬆症の治療は、学会を含めて、医師だけで何とかするという時代ではない、という大羽先生は、「看護師さん、栄養士さん、リハビリの先生、色々な職種の人の知恵を借りて、包括的に治療しないと骨は丈夫にならないといわれています。みんなで骨を丈夫にしましょう。寝た切りはノーサンキュー。ぜひとも一度、骨粗鬆症の検査を受け、治療が必要な場合は、継続した治療をしていただければ」と講演を結んだ。

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