函館五稜郭病院主催 第16回函館市民健康講座

コロナに負けない“がん対策”~早期発見と免疫力のお話~

社会福祉法人函館厚生院 函館五稜郭病院(中田智明病院長)が10月24日、「函館市民健康講座」をホテル法華クラブ函館で開催した。がん診療連携拠点病院のひとつである函館五稜郭病院が専門医による講演により、市民にがんについての知識を深めてもらうこの催しは今回で16回目。コロナ禍の今年は聴衆も50名に限定。講演者も含めてマスクを着用するなど感染防止を徹底し、コロナに負けない“がん対策”をテーマとした。
※表記している役職等は講演開催時のものです。

【講演内容】(演題をタップorクリックするとその講演内容にジャンプします)


 開会のあいさつに立った同講座を後援する北海道新聞社函館支社の三浦辰治支社長は、同じく後援に名を連ねる函館・道南がん対策応援フォーラムについて、がん患者とその家族のサポートを目的に4年前に立ち上げたことを紹介。渡島・檜山両地域は、がんの死亡率が高いこと。さらにがん検診の低い受診率を何とかしたいという思いから、医療機関、行政、企業、教育関係者、メディアなどのメンバーにより組織していることを話し――
「みなさまがたくさん吸収されて、明日からご自身で取り組むとともに周囲の方々にもお伝えして、函館・道南地区に広く今日の講座の趣旨が伝わることをお祈りします」とあいさつした。

大泉 保健福祉部長

■函館市のがん検診と健幸大学
 続いて函館市保健福祉部の大泉潤部長が『函館市のがん検診と健幸大学』をテーマに講演。函館市もまた、がんが死因の第一位となっていることから、その早期発見を目的にチラシの配布、大腸がん検査キットの事前配布、検診カレンダーの全戸配布、乳がん・子宮がん検診の無料クーポンの発行などにより受診の勧奨を行い、がん検診の受診率向上に努めているとしながら、「残念ながら、道内主要都市と比較して受診率は低く、全国、全道と比較しても、肺がん検診を除いては、大幅に下回っています」として、受診率向上のため勧奨に努めているが、一方で健康に関する無関心層の健康意識を高めることによって自発的ながん検診の受診につなげるための取り組みの一貫として、はこだて市民健幸大学を紹介。
 はこだて市民健幸大学は、市民が楽しみながら健康に関する知識を気軽に習得できる場として令和元年度にプレ開校。今年度が本格的開校だったが、新型コロナの蔓延により、年度当初は中止も検討。その後、コロナ禍でもできる健康づくりを勉強することにし、「今年度はテーマを、今だからこそ、カラダづくり!!として、100万歩チャレンジ、みんなdeいか踊り体操動画コンテスト、健幸講座、健幸ラーニング、健幸チャンネルの5つの授業の内容としました」と、その事業内容を話した。
 このような健康意識を持ってもらうことで、がん検診の受診向上さらには生活習慣に関連した死因の第2位である心疾患の改善にもつながっていくとの期待を話す大泉部長は、「函館市は今、市民の健康づくりを重点施策に掲げ、共に支え、健やかに暮らせる町づくりを目指して、様々な事業に取り組んでいます。市の取り組みに対して、これまで同様引き続きご理解とご協力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます」と結んだ。

池田健先生

 

■がんゲノム治療~当院の現状と近未来像~
 続いて函館五稜郭病院がんゲノムセンター長(病理診断課)の池田健先生が『がんゲノム治療~当院の現状と近未来像~』をテーマに、がん治療の近未来の3つキーワード、ゲノムとエクソソーム、人口知能(AI)について講演した。 
池田先生は最初にゲノムについて、生物のすべての遺伝情報をワンセットにしたもので、物質としての実態はDNA。タンパク質をコードとするゲノム上の特定の領域をDNAと呼んでおり、ゲノム全体で遺伝子は1%に過ぎないと説明。
 RNAがなかだちしてDNAがアミノ酸に変換され、アミノ酸がつながったタンパク質が私たちの身体をつくっており、DNAは身体の設計図、あるいはレシピといわれていると説明。
 がんは遺伝子に傷がつくことで発生すると考えられ、その治療においても、遺伝子の異常を利用するのが最近の考え方とした後――
 「従来の治療は、胃がんであればこの薬、肺がんであればこの薬というふうに。がんの発生した場所ごとに治療薬が決まっていました。ところが遺伝子の異常というのが分かりましたから、遺伝子に応じた治療というのが当然考えられるわけです。Aという薬があれば、胃がんでも乳がんでも肺がん、大腸がんでも使えるわけです。これが新しいがんゲノム医療ということです」とがんゲノム医療について説明した。
 さらに最近は技術の進歩により数百種類の遺伝子を一気に調べるがん遺伝子パネル検査が可能となり、100から300という遺伝子の異常を一気に調べ、その中からがん遺伝子を判別することを五稜郭病院で行っていると紹介。
 日本のゲノム医療の行政的体制は、12のがんゲノム医療中核拠点病院の下に拠点病院や連携病院があるが、函館五稜郭病院は経験豊富な慶應大学病院と連携。道南で唯一のがんゲノム医療連携病院であり、保険診療でのゲノム医療を実施し、他の道南地区の病院から患者さんの紹介を受け、ゲノム検査を行っていると話した。
 また、池田先生はこの検査により遺伝子異常に基づく新しい治療に到達できる割合が10%から15%で低いとされている点について、「道南では1年間に2000人の方が、がんで亡くなっている。たった10%だとしても200人の方は、この治療を受ける可能性がある。200人の方の人生が変わるかも知れないとすると、私は決して少ないパーセンテージではないと思います」と強調した。
 次にエクソソームについて、池田先生は、「細胞から出される細胞外小胞の一種です。新しい細胞間情報伝達ネットワークの担い手として注目されています」と説明した後、身体の中にがんがあったら、がん細胞由来のタンパクが細胞の100分の1くらいのメッセージ分子カプセルの中に入っている。それが血管の中を流れている。そしてがんの転移先を決めている。エクソソームが肺ならば肺に先乗りして、転移に必要な足場を築く。そこにがん細胞がやってきて転移しているとの仕組みを話した。
 このエクソソームは血管の中を通っているので、血液を調べるリキッド・バイオプシーによる低侵襲性の生検により早期診断が可能となり、がんゲノムの新しい武器になると考えられていること。また、血液の中に入っているエクソソームやがんの腫瘍のかけらは、手術前は当然多く、術後はなくなるか減る。それが再発すると血液の中に腫瘍のDNAが現れる。再発がん細胞や治療抵抗性がん細胞の流れをみるリアルタイム・モニタリングにより、転移そのものではなく、近い将来は血液を調べるだけで分かる可能性があると池田先生は補足しながら――
 「すごく微量なものを調べるのがPCR検査です。実はPCR検査というのはウイルスを調べる検査ではなく、微量のDNAを増幅するものです。こういう技術も使うことで、リキッド・バイオプシーが実現できる。PCRは1993年にノーベル化学賞を取っています。こういう技術が私たちの側まできています」と話した。
 また、人工知能・AIについて、コンピューターを使い知的活動を実現する技術がAI。これが基盤となり、その上に医療も何もかもあるという時代になるとDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル技術の進化が、人々の生活をより豊かにする)を予測する池田先生は、さらに続けて、「AI、人工知能は画像認識が得意。大量のデータを読み込み決まった手順により認識します。今流行っているディープラーニング。がん細胞なら、何度も繰り返し見せているうちに特徴を見つけて、がんだと教えてくれる。実は病理診断はコンピューターでできます。時間制限がある場合、病理医も敵わないという時代になっています」と話した。
 内閣府では戦略的イノベーション創造プログラムのひとつとして、AIホスピタル構想があり、モデル事業のひとつとされている慶應義塾大学病院ではスマートフォンアプリを用いた患者への情報提供も行っているが、これは五稜郭病院ですでに行っているとして――
 「函館五稜郭病院は今後もがんに限らず、道南の近未来医療をリードする存在でありたいと思います。みなさんのご支援を賜りたいと思います」と講演を結んだ。

 

鳥越俊彦教授

■がん免疫療法と免疫力をつける方法
 「私たちは四十年以上昔から、がんを免疫で制御する研究をしていますが、新型コロナが流行って、みなさんが免疫というものに関心が持たれている時代は今までなかつたのではないかと思います」と前置きして、札幌医科大学医学部病理学第一講座の鳥越俊彦教授は、『がん免疫療法と免疫力をつける方法』と題して講演した。
 顕微鏡で見てみるとがん細胞と闘っている細胞障害性T細胞という細胞を殺すことができる力を持ったリンパ球が分かるとスライドを説明しながら、鳥越教授は、「これまでの人生の中で、一度もがんになったことのない人もいます。それは“身体の中にがんが生まれなかった、ラッキーだった”ではないんです。みなさんの身体の中には、がんの芽が毎日生まれてきていますが、このリンパ球が毎日、見つけては殺してくれているから、80歳になるまで一度もがんになったことがないという方が、たくさんいらっしゃる」と免疫力について説明。
 健康な免疫力を持っていれば、ほとんどのがんの芽は殺されるが、免疫から逃れてしまう手段を持ったがん細胞が、身体の中で大きくなり、がんが発症する。
 鳥越教授は、がん細胞と闘うT細胞、リンパ球を戦車に例えて――
「戦車に乗っている兵隊が、がんかどうかを見分ける目。見分けただけで戦車はがんに突進して行くことができません。アクセルを吹かさなければなりません。アクセルがあったら、必ずブレーキがあるというのが、われわれの身体の恒常性維持のルールです。アクセルだけでは暴れまくって、正常な身体も傷つけてしまう。そんなことにならないように必ずブレーキがあります」
 また鳥越教授は、これまではがんかどうかを見分けるメカニズム、そして戦車を突進させていくためのアクセルの研究していた。しかし、2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑氏とジェームス・P・アリソン氏は、T細胞は車でいえばフットブレーキとハンドブレーキのように二種類のブレーキを持ち、がん細胞がT細胞にブレーキをかけているから攻撃を受けないということを発見。両氏は、ブレーキにフタをして、ブレーキがかからないようにする2種類の薬をつくった。これが現在、世界中でがんの治療薬として用いられている免疫治療薬であると解説。
鳥越教授はさらに続けて――
「この新しい免疫治療薬は、残念ながら5人に1人くらいしか効かない。一方10人投与しても10人効果がないのが、すい臓がんや大部分の大腸がん。これらの効きづらいがんをこれからどうするかということが、われわれの研究テーマ」と付け加えながら、「従来の抗がん剤、分子標的治療薬は、薬そのものが直接がん細胞に働きかけて、これを殺す。しかし、間違って正常細胞も傷つけてしまう。だから副作用が起こる。一方、免疫治療薬は、T細胞に働いてブレーキを解除する。実際にがんを殺すのは、このブレーキを解除して活性化したT細胞で、間接的に作用しています。がん細胞を殺しているのは、薬ではなく、免疫細胞、ブレーキを解除されたT細胞なので、髪の毛が抜けたり、白血球が低下したりする副作用がないというのが特徴です。もうひとつの特徴は、免疫というのはがん細胞の情報を記憶することができるというのが一番大きなポイントです。ですから薬をやめた後でも、効果が持続する。こんないいことはありません。こんなことは今までの抗がん剤や放射線療法ではなかったことです」と免疫治療薬の特徴を説明した。
 さらに鳥越教授は、今持っている、ベースとなる免疫力が強くなければ、いくらブレーキを解除しても、がん細胞を殺すことができないとして、重要なのは、いかに現在持っているベースとなる自然状態の免疫力を強く保つか、これがウイルス感染にすべて通じる秘訣として、需要なファクターとして、ひとつには遺伝的な要因があるが、これは体質でどんなに頑張っても変えることはできない。しかし、環境要因と生活習慣のふたつは制御できると強調。
免疫力は心、精神的なストレスが脳に働いてホルモンや内分泌系、神経系、睡眠障害、これらの障害を起こし、最終的に低下する。環境要因の制御は、ストレスをうまく発散して溜めないというのは非常に重要なこと。
次に運動。筋肉は、ただ身体を動かすだけの臓器ではなく、リンパ球がエネルギー源として使っているグルタミンというアミノ酸の貯蔵庫。グルタミンは腸の上皮のエネルギー源にもなっているため、食べ物から摂取したグルタミンは、腸の上皮が消費してしまい補うことができない。筋肉がやせ細ると、リンパ球のエサであるグルタミンが減り、リンパ球も弱ってくると話し――
「筋肉がやせ細りグルタミンが減ると、リンパ球も減り免疫力が低下します。ウイルス感染、あるいはがんになりやすくなる。そして、寝たきりになると、また筋肉がやせ細るという悪循環が生まれます。サルコペニア(筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態)といいますが、筋肉のボリュームを保つことが非常に重要なことです。もうひとつ筋肉の重要なポイントは、発熱です。みなさん風邪をひいたり、病気になった時に熱が出ます。これは熱によって、身体の中にヒートショックプロテインというストレス抵抗性のタンパク質がたくさん出て、これが免疫機能の増強につながっていきます。最大の発熱器官は筋肉ですから、運動による発熱で免疫力を高めることが重要です。走るよりも早く歩く、これが非常にいい運動といわれています」と、筋肉の大切さを説明した。
 最後に鳥越教授は、腸の粘膜にはたくさんの免疫細胞があり、細菌と免疫とがいつも会話をして、影響を受け合っている。善玉菌はビタミンの産生など免疫調節作用。悪玉菌は毒素を産生などで免疫力を低下させるので、善玉菌を持つか悪玉菌を持つかによって、免疫力は変わってくる。善玉菌の代表例はビフィズス菌で免疫力アップによい。悪玉菌の代表はバクロテロイデス菌で、免疫力を弱くすると話し、ビフィズス菌を摂るにはサプリメントも方法のひとつとした後で――
「ビフィズス菌のエサとなる食物繊維とオリゴ糖を積極的に摂ること。因みに善玉菌の栄養となる食物に、大豆、たまねぎ、ねぎ、ごぼう、にんにく、アスパラガス、ブロッコリ、カリフラワー、アボカド、バナナ。これらがエサとなり、免疫力アップにつながります。ウイルス感染に対しても、がんに対してもベースとなる免疫力を高く保つことは非常に重要なポイントです。それには環境要因と生活習慣。生活習慣では食べ物、運動。今日の三つのキーワード、脳活、腸活、筋活、このキーワードを覚えて、日常の生活に役立てていただきたいと思います」と呼びかけた。

 

バイオリン&ピアノの演奏も

■音楽の時間(休憩)~バイオリン&ピアノ演奏会~
 講演会はこの後、休憩に入り、函館五稜郭病院の中田智明病院長が、「みなさんお疲れになったでしょう。ストレスが溜まると免疫力が落ちます。鳥越先生のお話にあったようにストレスを解消していただきます」と話し、ピアノとバイオリン演奏を演奏する寺井かえさん、琴美さん母娘を紹介。また、中田病院長は「琴美先生は当院で臨床研修医をされた後、札幌医科大学に戻り札幌医科大学附属病院で病理の先生として活躍されています。いい音楽を聞くと免疫力が不活化します。いいホルモンが出て、悪いホルモンが下がる。これは医学的に分かっており、音楽療法という言葉があるくらいです」と話し、寺井琴美さんも、「免疫力をつけるということなので、ゆったり落ち着いた曲を選びました」と話し、 パラディス作曲の『シシリエンヌ』など4曲を演奏した。

 

中田智明 病院長

藤井 收先生

■コロナ時代のがん放射線治療
 休憩後、中田病院長が、「岡江久美子さんがコロナで亡くなられた時に放射線治療にちょっと誤解があって、今回、藤井先生に正しい放射線治療の理解をしていただきたいということでお話をお願いしています」と話し、函館五稜郭病院放射線治療科科長の藤井收先生が『コロナ時代のがん放射線治療』について講演した。
 中田病院長の話を受けて、藤井先生は「女優の岡江久美子さんが新型コロナで亡くなるというショッキングなニュースも飛び込んでまいりまして、乳がんの闘病中に放射線治療による免疫力低下が原因という発表があり、メディアでも取り上げられたのは、みなさんご存じだと思います」と前置き、この発表により乳がんの患者や医療関係者の間に大きな動揺と混乱が広がり、がん研究会有明病院には1日3000件もコールセンターに問い合わせがあったとしながら――
 「放射線治療による免疫力低下というのは、これは正しい表現ではありません。放射線治療学会から、早期の乳がん手術後に行われる放射線治療は、身体への侵襲が少なく免疫力の低下は、ほとんどありませんという声明文が出され、混乱はそれ以上広がることなく終息に向かったということです」と説明し、「コロナの時代を迎えて大切なことは、このような間違った情報で混乱するのではなく、正しい情報を受けて物事を判断していくことだと思います」と強調した。
 藤井先生は、手術、放射線治療、薬物療法が、がん治療の3本柱だが、実際には、これらのふたつ以上を組み合わせて行う集学的治療が多いことを説明。早期乳がんの集学的治療は、手術、放射線治療を基本に、がんのタイプによっては、ホルモン治療や抗がん剤治療を併用して行うこともあると補足した。
 さらに放射線治療について、一番頻繁に行われているのは、通称リニアックといわれる放射線治療機からX線をがん病巣に照射して治療を行うことと話しながら――
「放射線治療の特徴として、良い点は機能、形態の温存に優れていること。もうひとつは身体への負担が比較的小さいということ。喉頭がんは、のどの声帯にあるがんに放射線治療を行うと消失して完治する。これを手術で行うと声帯を取るので、発声機能が失われて声が出なくなってしまう。放射線治療では発声機能が保たれるので、機能全体が温存されます。放射線治療は、のどのところだけの照射になりますので、身体の負担も比較的少ないということになります」
 藤井先生は強調したい点として、「がん医療は、リスクとベネフィットのバランスが大切。リスクは主に合併症。ベネフィットは、主に治療効果のことをいいますが、これを天秤にかけた時、ベネフィットがリスクを上回る場合にがん医療は成立することになります。早期乳がんの放射線治療では、合併症として、ほぼ100%の方に放射線をあてた範囲に皮膚炎が起こります。ただし、ほとんどの方は軽度の皮膚炎で、数週間で快癒します。そのほかにも合併症は、いくつか考えられますが、頻度としては数%程度です。ほとんど問題になることはありませんので、放射線治療だけで免疫力が低下することはないということは、ご理解いただけると思います。治療効果と合併症を天秤にかけた時に、早期乳がんは治療効果の方が上回る。ですから、がん治療として成立するということです」と、リスクを上回るベネフィットが大切であると話した。
 また、リスクがゼロの状態があると信じて、ベネフィットについて考えることができないような状態のゼロリスク症候群について、治る病気も治らなくなるので注意して欲しいと付け加えた。
 さらに藤井先生は、コロナ時代を迎えた放射線治療について話を進め、コロナというリスクが増えたことによって、リスクとベネフィットのバランスが崩れた。その結果、通常のがん医療ができなくなる可能性が出てきたと話し、早期乳がんの場合、術後すべての患者が放射線治療を受けるのが標準治療だが、コロナが感染拡大した状況下では、すべての方に行われなくなってきたとして――
 「要するに再発リスクの高い乳がんの方は、従来通り放射線治療を行いますが、再発リスクの低い乳がんの方については、コロナ感染の方が恐いということで、放射線治療は行なわないということになっています。これは特別なことではなくて、実際に欧米でもコロナが流行っている地域では、こういうことが普通に行われていますし、函館でも今後、感染が拡大したときには、通常のがん治療が行えなくなる可能性が出てきます」と説明し、「大切なのは、コロナの感染状況など正しい情報を得て判断していくことが大切」と繰り返し、放射線治療を受けるとコロナが重症化するのかという疑問には、フランスやイギリスからの情報では放射線治療は無関係。重症化の因子は高齢や高血圧。心血管疾患ということしか分かっていない現状。それだけにがん医療の現場では、当面感染対策というのが重要として、函館五稜郭病院の放射線治療部門の感染対策について、次のように紹介した。
「感染症の蔓延を防ぎ、放射線治療の機能をストップさせないことが目標です。しっかりと基本的な感染対策は行って、感染拡大時には、それに応じて感染対策を強化していくという方針です。感染対策のひとつとして、紫外線照射システムによる環境消毒を行っています。非常に簡単に手軽に出来る対策なので、今後も継続して行っていきたいと考えています」
 がん医療におけるコロナの影響は、まだまだ不明な点が多いのが現状。正しい情報の取得を心がけて、感染防御に努めていくことが大切と繰り返した藤井先生は、最後に「函館五稜郭病院は2017年に日本放射線腫瘍学会の道内で唯一の認定施設になっています。これからも地域の放射線治療、がん治療に貢献していけるように頑張っていきたいと思っています」と結んだ。
 藤井先生の講演にふれて、中田病院長も、「リスクとベネフィットとのお話がありましたが、自動車運転も同じです。交通事故を起こしたくなかったら運転しなければいい。でも、そうはいかない。事故を起こす確率よりも車を使うメリットが遥かに大きいからみな車を運転したりしていますよね。それと同じことで、遥かにベネフィット、利点が多くて、副作用なりのリスクを極力少なくするというのが、われわれ医療が日々やっていく努力です。そのひとつとして、がんの予防医学もありますし、早く見つけたほうが治療費も少なくて済みますし、患者さんの生存率も高いし、痛い治療でなくても済むわけです。リスクをどれだけ低くして、最大治療効果を得るかという中のひとつとして放射線治療というものがありますので、ぜひ、みなさん正しい理解をしていただいて、担当の先生や看護師さんと相談して、自分にとって一番いい治療、予防策をとっていただきたいと思います」と話した。

 

横田伸一 教授

■感染症に打ち勝つ免疫力の話~新型コロナ感染症の事を交えて~
 この日の最後の講演に立った札幌医科大学医学部微生物講座の横田伸一教授は、「今こそわれわれとウイルスとの付き合い方が問われているという気がしています」と話した後、SARS(重症急性呼吸器症候群)と新型コロナとの違いは、SARSは感染が8000人くらいで止まったが、新型コロナの場合は、SARSと比べ感染力はとりわけ強くはないのに遥かな勢いで増えている。これが当初の謎だったと話し――
「コロナウイルスには、たくさん種類があります。その中でも人に感染するウイルスは、今回の新型を含めて7種類。これまで知られていたのは4つ。一般的に冬に流行る風邪。2000年に入ってきて急にSARS、MERS、それから今回のCOVID―19が登場した。新型コロナといっていますが、正式名称がSARS―CoV―2でSARSとすごく近い。近いけれどなぜこんなに広がるのか。実はSARSコロナウイルスは、感染するとほぼすべての人が発症します。しかも、重症あるいは死に至る。ところがCOVID―19、新型コロナは多くの人が発症しない」とSARSとの違いを説明。
「ある意味衝撃的な事実ですが、潜伏期は翌日という方もいる。1日から14日で平均すると5日程度なので潜伏期は5日と考えていただければ」と潜伏期について話す横田教授は、さらに感染について――
「感染可能期間が重要です。感染者がほかの人にうつしてしまう期間が発症2日前から、つまり病気が出る前から感染させる力を持っている。これがSARSやMERSそれとインフルエンザと大きく違うところです。インフルエンザは大体発症翌日くらいがピークといわれています。SARSなんかも発症してからですが、発症2日前、特に発症前日がもっとも感染力が強いピークといわれています。ここがSARSと新型コロナの大きな違い。感染すると潜伏期が大体5日でほとんどの方は風邪症状で終わります。20%、5人に1人くらいは肺炎のような症状が出てきて、5%くらいの方が人工呼吸器管理になる。2%くらいの方が死に至る」
 症状も咽頭痛、せき、鼻づまり、発熱、倦怠感など風邪と区別がつかず、ひとつだけにおいと味が分からないという味覚・嗅覚障害の特徴があるが、頻度が高いのは事実だが、それも全員ではなく約30%。この特徴が出ないからといってコロナではないとは限らない。普通の風邪、あるいはインフルエンザとの区別がつかずに肺炎になり、重症化し死に至ることも起こると話す横田教授は、特に注意が必要な方として、「65歳以上の高齢者。呼吸器、腎臓に基礎疾患のある方、糖尿病、高血圧、心疾患。肥満も重要なリスクファクターといわれていますが、BMI30以上ですから、かなり体格のいい方です。それから要注意なのはリウマチや臓器移植とかで免疫力を抑制する、下げるようなお薬を投与されているような方とか、妊婦さんはリスクが高いとされる」と話した。
また、感染経路としての飛沫感染と接触感染について、セキやくしゃみ、会話したときに出る水のつぶが5ミクロンより大きいものを飛沫というが、これは1メートルから2メートルしか飛ばない。空気感染は、飛沫核感染ともいわれ、5ミクロンより小さくなったもの。多くの病原体は小さくなると感染力を失うが、結核やはしかのように乾燥に強い病原体は飛沫核になっても遠くの人にも感染する。飛沫感染は1から2メートルの距離をあけていれば大丈夫。接触感染は飛沫感染と組み合わさると感染対策も難しくなるが、感染経路が、このふたつであることは間違いない。
一方で新型コロナの場合は、ひとつ厄介なことがでてきたとして――
「飛沫感染はソーシャルディスタンスでマスクをすればいい。しかし、エアゾル感染という言葉が出てきました。これは1、2メートルよりも飛んで、漂うような粒子で感染する。エアゾルだとややこやしいので、マイクロ飛沫という言葉も最近出てきました。明らかに1メートルよりも遠い距離で漂うような状態が続いているのは事実です。3密の回避として、普通の飛沫感染よりも、積極的に換気をしましょうというのは、こういった感染経路があるからです」
濃厚接触者について横田教授は、マスクをしないで15分以上、あるいは2メートル以内で会ったときは濃厚接触者となるので、マスクをすれば基本的には大丈夫と説明。また、クラスターについて――
 「初期の頃に当時は北海道大学におられた西村先生が感染者の5人に1人しか他人に感染させていないというデータを出されて、それを聞いたときにクラスターが分かりました。クラスターは一般的には5人からといわれています。小さい集団にいるときには問題はないんです。大きい集団に入ることで新たな感染源が生まれ、それがさらに別な大きい集団に入ってということでクラスターの連鎖が起こり、これが感染者を爆発的に拡大させて行くということになる。これが高齢者施設や病院の中に入ってしまうことが一番怖いわけです」
 感染症は微生物。かかる人(感受性のある宿主)。感染経路の3つの要素に分けて考える。今回はSARS-CoV-2といわれる新型コロナが微生物であり、人が飛沫感染、接触感染、マイクロ飛沫感染で感染する。ウイルスに対しては抗ウイルス薬と消毒。感染経路に関してはマスク、手洗い、3密回避と対策を挙げながら、横田教授は、「感受性のある人には、今日のテーマである免疫力、あるいはワクチンを使えればいいということになります」と語り、免疫について次のように話した。
「われわれは自然免疫と獲得免疫というのを持っています。獲得免疫というのは、たとえばインフルエンザに対してはインフルエンザ、麻疹に対しては麻疹というように個々の病原体に対する特異的な免疫。これはすごく強い免疫です。ただし病原体に特異的な免疫。これを獲得しようと思うと感染するか、ワクチン接種するしかない。今、新型コロナの場合、こういう状況ではありませんので、自然免疫、感染歴に関わらず誰もが持っている自然免疫のバリアを上げていく必要がある。これが先ほどの鳥越先生のお話に繋がってきます」
さらに自然免疫の力を発揮するための方法について――
「簡単なことです。ひとつはバランスの良い食事。しっかり食事を摂り、十分な休息。休息をとれば免疫力は回復します。それから軽い運動。頑張る必要はない。1日30分程度のウォーキング。歩くというのが一番いい。ラジオ体操なんかでもいいと思うんです。とにかくストレスを溜めない。共通していえることは継続が大切。激しい運動はかえって免疫力を下げます。特にご高齢の方の場合には、歩くという軽い運動を毎日続けることがすごく重要なことです」
また、横田教授は、身体を暖かくすることが免疫力アップに繋がるので身体を暖めることが必要。換気は必要だが、普通の同居家族の空間なら、換気にそれほど神経質になる必要はない。冬場は乾燥して気道粘膜が弱くなりウイルスが入ってくるので、50%から60%に部屋を加湿して、水分補給して欲しいと、と冬に向けてアドバイス。そして、新型コロナのリスク因子としてバックにあるのが生活習慣病。これをコントロールすることが、コロナに強い身体を作るのではとの思いを話した。
 治療についても多くのことが分かってきたことが、重症化や死亡者が少なくなってきた一因と横田教授は、ウイルスによる気道症状が、重症化してくると免疫・炎症反応が暴走する。このため軽症、中等症、重症とでは対応がまったく異なるとして、治療方法について次のように話した。
「軽症、中等症の場合にはウイルスを抑える薬ということで、今、レムデシビル、ファビピラビルのほか、ほかにも有望なお薬はたくさんあります。新型コロナ用に作られたものではないんですが、既存のお薬を新型コロナに使ってみたら、ある程度効果があった。後半の暴走を抑えるには、デキサメタゾンというお薬が国内で承認を追加されています。これは免疫力の暴走を抑える薬です。初期の頃は感染症ですから、免疫を抑えるとウイルスが尚更増えてしまう。後期、つまり免疫が暴走したときにかなりの効果があることがわかってきました。そのほかに炎症を起こすインターロイキン6というサイトカイン、身体からでてくるタンパクですが、これを抑えるお薬、これも有望視されています。共通しているのは、免疫暴走の抑制です」
 さらに治療薬だけでなく、ワクチンについても全世界で多くのワクチンが治験中としながら――
「ウイルスはゲノム、遺伝子があって周りにタンパク質があります。これまでのワクチンは、このウイルスを壊したもの。あるいはウイルスのタンパクだけを取ってきて打つということをやってきました。しかし、今開発中のワクチンは、DNAやRNA、あるいはその遺伝子を結膜炎や風邪を起こすアデノウイルスというウイルスに乗せて打つので全然違う。現在承認されているワクチンの中でウイルス遺伝子を用いたもので実用化されたものはないんです。ある意味、まったく未知の世界のワクチンが使われようとしているのが現状です」
 ワクチンとしてのリスクとベネフィット。副反応等の有害事象よりも有効性が優らなければならないとする横田教授は、有効性でも感染の予防か、感染の症状を予防するのか、症状の重症化を予防するのか、その見極めが非常に難しい。さらに有害事象に関しては、ワクチンは治療薬と違い健康な人に打つため、薬よりも高い安全性が求められる。副反応のリスクを上回るような効果があるものが本当に出来るのかどうかは難しいと補足した。
感染蔓延期における感染対策として、横田教授は3密の回避、大声、深い呼吸の回避、室内でのマスク。屋外ではそれほど必要はないが、屋内では誰もがしてくださいというユニバーサルマスク。対策をきちんとやれば、そんなに怖い感染症ではないと強調した後、効果のある感染予防策を着実に積み上げていくことと、次のように講演を結んだ。
「感染対策に100%の方法はありません。100%じゃなかったら、やらなくてもいいのではなく、確実に効果のある方法をコツコツと積み上げる。マスク、ソーシャルディスタンス、3密回避。ひとつひとつを積み上げていくことで、どんどんリスクは下がってきます。もうひとつはリスクの高い空間や行動には感染対策をより慎重にしていただきたい。これを裏返していうと、リスクの低いところでは緩めてもいいんじゃないかなとも思います。緊急事態宣言を出して社会生活を止めるということも感染対策として確かに効果はある。だけどずっと続けていくことはできない。われわれはこのウイルスと付き合っていく必要がある。今、北海道で感染者が増えている状況ですが、私たちが試されているんだろうと考えていただいて、日頃の感染対策をしていただきたいと思います」

(取材日:2020年10月24日)

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